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「音楽教師、最後の10年」 元・埼玉県立川越高校音楽部ー吉田寛先生

「音楽教師、最後の10年」:吉田 寛 先生 第12回『夢みたものは』

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ついに迎えた最後の日。

 

 川越市の合唱講習会が終わると、年間の主だった行事はすべて終了する。音楽部の生徒たちは高校入試のための長期休みを利用してスキー旅行に行くようである。この旅行は私の知らないところで行われているという暗黙の了解があるのだ。事故が起きても自己責任で学校側(顧問を含め)に迷惑がかからないようにという配慮らしく、赴任した当時の保護者から「先生は全く知らないということで良いのですよ。」と言われたのを覚えている。幸いなことに、この10年間事故の報告はない。

 

 学年末テストが終了した3月16日、部活動が再開され様々な行事に向かっての練習が急ピッチで始まった。そんなある日、「お誕生日おめでとうございます。」という声と同時にクラッカーが鳴らされ、生徒たちから誕生日のお祝いを渡された。花束、目覚まし時計、革製のブックカバー、ハンカチセット、茶碗とお箸のセット。一生懸命考えて、どれにしようかとお店をグルグル歩いたことだろう。本当にありがたい。その気持ちがとにかく嬉しかった。

  さらに退職まであと6日と迫った3月の26日、川越高校で松山女子高校音楽部との混声合唱の練習が行われた。本番では指揮をしないにもかかわらず、生徒たちから「すべての曲の指導をしてほしい」とお願いされた。私が指揮をすることが出来る最後の混声合唱の練習ということを考え、生徒同士が話し合って決めたようだ。ありがとう。君たちはなんて優しいのだろう。本番で指揮をしない人にまで気を配ってくれるなんて。

 

 驚きはその後にも待っていた。練習がすべて終わり練習用の指揮台から降り、準備室に戻ろうとしたところで「先生待ってください。」と声がかかり松山女子高の生徒たちから、花束とお菓子、妻と二人で使ってほしいと夫婦茶碗とお箸のセットをいただいてしまった。妻(松山女子高校の顧問)も知らないところで松女の生徒たちが相談をして決めたようだ。 退職間近になり、生徒たちの優しさ、思いやりの心が身に染みてくる。本当に幸せ者だ。

 

 そして極め付けは今日(3月31日)だ。いつもの練習が終わった後、生徒たちの前に用意された椅子に座らされた。生徒たちが歌のプレゼントをしてくれた。松下耕の「うつくしいもの」と木下牧子の「夢みたものは」の2曲だ。歌う前に部長からお礼の言葉があった。
 その中に「先生の指揮で歌えたこと、一緒に音楽ができたこと、そんな日常の中に幸せがあったのだと心から思っています。」という言葉があった。私が「夢みたものは」を教える時、いつも言っている言葉、「平凡に暮らせる日常の中にこそ幸せがあるのだ。そう思えること、それに気がつけば人は幸せになれるのだ。」

 

 生徒たちの歌を聴きながら、涙があふれこぼれ落ち、鼻水がとめどなく流れてきた。誰も見ていなかったら、生徒たちの前でなかったら私は声をあげて号泣していただろう。なぜ涙が出るのか、なぜ鼻水が流れるのか。生徒たちの成長と優しさ、ありがとうと伝わってくる熱い想い、そして、あと数時間でこの生活に終止符が打たれるというどうしようもない気持ちが複雑に絡み合っていた。生徒たちと副顧問の松本先生からの感謝の気持ちがびっしりと書いてある大きな色紙をいただいた。

 

 いつもと変わらぬ気持ちで家を出て、いつもと変わらぬ気持ちで午前中の練習をしていた自分がいたはずなのに、それから10分後には明日からの生活を実感せざるを得ない気持ちに変わっていたのだ。この生徒たちとの当たり前だった生活がなくなることが目前に迫っていたことに気付かされてしまった。その後、私の指揮で最後の3曲が演奏された。今年度のコンクールの課題曲だった「日まわりのうた」、「機織る星」、「斉太郎節」。

終わった・・・。

 

 心の中で音楽室にさようなら、ありがとうと言い学校を後にした。 本当に、本当に終わってしまった・・・。

 

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突然の異動から始まった、思いがけない最後の10年。
その全てを終えた吉田先生は…
次回、いよいよ最終回!!

元・埼玉県立川越高校音楽部ー吉田寛先生

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