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ありがとう普門館 - 東海大学付属高輪台高等学校吹奏楽部顧問 畠田貴生先生

「普門館の思い出」畠田貴生先生

ありがとう普門館、さようなら普門館、普門館のことは一生忘れません。
「普門館の思い出」畠田貴生先生

普門館との出会い

私が初めて普門館を訪れたのは中学校3年生の時。小学校から吹奏楽を始めていた私は、中学校でも迷わず吹奏楽部に入部、パーカッションに熱中していました。3年生になり、高校でも絶対に吹奏楽を続ける気持ちでいた私に、ビッグニュースが飛び込んできました。習志野高校に進学した中学校の先輩がA編成のメンバーに選ばれ、全国大会に出場することになったと。正直、その頃の私は全国大会の価値が全く分かっていませんでした。

        

丸ノ内線の方南町に到着すると、人の波ができていました。その波に乗って歩いていくと、見えました、すごい建物が。その威容に驚きました。これが普門館、吹奏楽の聖地なのかと。中に入ってまたまた驚きました。なんだこの煌びやかな内装は。さすが普門館、吹奏楽の聖地なんだと。もっと驚いたのは、圧倒的な演奏の数々・・・天理のセント・アンソニー・ヴァリエーション、淀工のエル・サロン・メヒコ、名電のプラハ、そして習志野のローマの祭り。今でもあの衝撃は忘れられません。この普門館で私も演奏したい、と強く思いました。しかし残念ながら高校ではあと一歩のところで全国大会には出場できませんでした。もうこうなったら高校吹奏楽部の顧問になって指揮者として出場するしかない、教員になるしかない、と思いを新たにし、大学を卒業後、東海大学付属高輪台高等学校の教諭、そして吹奏楽部の顧問として採用していただきました。

指導者として臨む普門館

1994年、生徒たちとともに普門館を目指すべく指導者生活が始まりました。生徒たちのたゆまぬ努力で2001年、吹奏楽コンクール東京都大会に初出場することになり、初めて普門館のステージに立ちました。生徒たちはもちろん緊張、私はそれ以上に緊張・・・12分間があっという間に終わってしまいました。指揮者の礼が終わったときに見た普門館の広がり、凄かったです。

結果は銅賞でしたが大満足でした。続いて2002年、2年連続で都大会に出場し、なんと全国大会に推薦していただきました。夢のような思いで全国大会まで過ごしていました。いよいよ当日、学校での最終調整を済ませてバスで出発しました。そして、環七通りから見えた普門館、都大会の時にも同じように見たのに全然違う建物に見えました。天井からオーラが見えました。今でもその時の興奮は体が覚えているようで、今キーを打つ音がめちゃくちゃ大きくなりました(笑)。満員のお客様の中で演奏した喜び、そして結果は金賞!幸せでした。

さよなら普門館

2011年の最後の全国大会までに、中学校の予選で1回、都大会で9回(高輪台:8回 一般バンド1回)、全国大会で6回、合計16回も指揮を振らせていただきました。私を育ててくれた普門館がいよいよ取り壊されます。寂しい気持ちしかありません。2011年までに数え切れないほどの名演を残したのは、普門館だったからに違いありません。普門館が演奏をさらに素晴らしいものにしてくれました。普門館抜きでは、今の日本吹奏楽の発展について語ることはできません。

ありがとう普門館、さようなら普門館、普門館のことは一生忘れません。



東海大学付属高輪台高等学校吹奏楽部顧問 畠田貴生

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