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ありがとう普門館 - 光ヶ丘女子高等学校吹奏楽部顧問  日野謙太郎先生

「普門館は青春であり、憧れでした」日野謙太郎先生

普門館は自分の青春であり、憧れでした。全国大会の会場としての普門館は一生の思い出です。お疲れ様でした、普門館。
「普門館は青春であり、憧れでした」日野謙太郎先生

全国への憧れ―

 

 今から30年以上前に宝塚から夜行の普通電車を乗り継いで吹奏楽コンクール全国大会が開催される普門館まで足を運びました。朝の6時半頃に普門館に到着すると、すでに長蛇の列!!会場に入り、その大きさに圧倒!!かろうじて座れた席は1階席後方、当時は審査員席あたりに座る知恵さえありませんでした。

        

 しかし、この年、埼玉栄高校の「ダフニスとクロエ」、野庭高校の「オセロ」、中村学園高校の「パリの喜び」、習志野高校の「海」の演奏に興奮しました。全国のレヴェルの高さに憧れをもちました。自分が初めて奏者として全国大会の舞台を踏めたのは大学1回生のとき。大学部門の全国大会の会場は毎年持ち回りで普門館への道のりは遠いものでした。

大学時代

 大学4回生で全国大会出場を果たせず悔いを残したので、教員で全国大会を目指そうと思い、光ヶ丘女子高校に赴任しました。副顧問1年目、光ヶ丘も初めて全国大会出場を決め、打楽器運搬として舞台に初めて立ちましたが、やはりその大きさ、横に広く、審査員席まで遠いこと。独特の雰囲気でした。舞台裏も独特でした。チケットも当時は連盟に為替で申し込みして確保したことを覚えています。

光ヶ丘女子での挑戦

 光ヶ丘にきて6年目、指揮者として初めて普門館の舞台に立ちました。一番の思い出は「迷子」になったことです(汗)。楽器をおろしてロビーの楽器置き場にいく間に、大型楽器の生徒とともに係の学生さんからはぐれ、焦ったことを覚えています。チューニングから舞台袖までの距離・階段の長いこと。疲れてしまいました。(苦笑)

全国に出られない時期が4年続いた後の2007年、普門館で唯一金賞をいただくことができました。埼玉栄高校の「カヴァレリア」の名演を舞台袖で聴いた後に、無欲で臨んだ結果が「バッハの名による幻想曲とフーガ」の演奏につながった気がします。

普門館の舞台に上がってわかったのですが、横に広く奥行きが狭いです。アメリカだと打楽器後ろがスタンダードだと思うのですが、打楽器が横というスタイルは普門館の並びを真似しているのかなと思いました。舞台上では音が鳴っている感じがするので、結局普門館でどういう音がいいのかというのはわからないままでしたが、普門館は自分の青春であり、憧れでした。

 全国大会の会場としての普門館は一生の思い出です。お疲れ様でした、普門館。

日野謙太郎先生 光ヶ丘女子高等学校吹奏楽部顧問

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