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「音楽教師、最後の10年」 元・埼玉県立川越高校音楽部ー吉田寛先生

「音楽教師、最後の10年」:吉田 寛 先生 第6回 4~5年目『方針転換、全国への夢』

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活動方針を転換し、「いい音がする」初めてそう思える演奏も出来た。県大会でも金賞を受賞した。関東を突破していざ全国へ! と意気込むメンバーだが、関東大会当日の朝、駅に集合すると―

 

 4年目(2008年)。この年の3年生は部活動の運営方法についての意見が分かれていた。あるときの幹部会で、学生指揮者だった生徒が他の幹部に向かって言った。「今の僕たちでは、部活を自分たちだけで運営するのは厳しい。先生が感じていること、気がついた事をどんどん言ってもらって、先生の力を借りた方がより良い運営が出来るのでは」と。

 残念ながらそれがいやだった一部の部員はやめていったが、これが大きな転換期だったのかもしれない。私自身の責任も大きくなるが、音楽のことだけではなく、さまざまな事に気を配るのが本来の顧問の仕事のはずだから、あたりまえになっただけなのかもしれない。


 定期演奏会に向けて、生徒は様々な企画を豊かな発想で持ってくる。この年はある生徒が前年から復活した3年生による寸劇の原稿(既存の物語は使わず、すべて生徒の創作)を苦労して作っていた。当日はお客様にとても楽しんでもらえ大成功であったが、私の記憶の中には、なぜか割り箸にこだわった「割り箸は要りませんか」というフレーズだけが妙に残っている。生徒の発想はユニークだ。

 この年は、コンクールに備えて演奏のアドバイスをしてくださる講師の先生を外部からお招きした。その先生の指導の中で驚いたのは、ピッチの悪い音を「高い」とか「低い」とか注意するのではなく、その部分を含むフレーズをどんな気持ちで歌うか、様々なイメージをふくらます言葉で表現し歌わせたことである。そうすると悪かったピッチが改善されてしまうことがしばしばあった。
 一つのフレーズを歌うときに、そのフレーズのイメージを与える、あるいは伝えたい内容を考えさせて気持ちの統一を図る。それによりピッチまで直してしまう―。 驚くとともに、指導力の差を見せつけられた気がしたが、「歌って奥が深いものなのだなぁ」と実感させられたのである。


 コンクールは県大会4位金賞、関東大会(千葉)では銅賞だった。高い音が出てくる曲で、必死に頑張っていた生徒の顔が浮かぶ。頑張るって素敵なことだ。

 

 翌5年目(2009年)。この年は音楽経験の多い子達の学年が3年、新入部員も30名入り一気に活気づいた年だった。また、この年から桑折先生(私の高校時代の恩師)に指導に来ていただくようになった。
 外国語の発音、子音や母音のこと、曲を仕上げていく段取りなど、たくさん勉強させていただいた。また、もうひとり、外部からK先生にも来ていただけるようになった。この先生には声を磨くことの大切さ、ハーモニー感を養う基礎練習を取り入れること、輪唱的な動きにも動じない感覚を身につけることなど、練習の仕方も含めてご指導いただいた。
 この年は二人の強力な先生方の指導もあって、初めて「いい音がする」と思える音楽が生まれてきた。コンクールは県大会金賞。今までにない仕上がりで《関東を突破して全国へ》という夢を抱いた。


 しかし、物事は上手く運ばない。この年は夏に新型のインフルエンザが流行した年で、関東大会3日前に一人が発症。関東大会への出発当日、川越駅前に集合した時点で14名が欠席。どうしようもなかった。関東大会辞退を決めた。泣き出す生徒、黙ったままうつむいて帰って行く生徒、とてもとても辛い日となった。私も虚脱感というか、空しさというか、惚けた状態になってしまった。夏休みも返上し、7 ヶ月間も練習してきたコンクール曲を誰にも聴いてもらえないまま終わってしまうなんて…。

 あまりにもかわいそうに思い、10月に急遽小さな演奏会を開いた。準備期間は1週間。保護者やOBを中心に300名以上のお客様が集まってくださった。  (OBの島田さんには、他のOBへの声がけ、寄付集めなど、たくさんご尽力をいただいた。本当にありがとうございました。)


 気を取り直して、再び歩き出さなければ。《関東を突破して全国へ》 来年こそは―。

元・埼玉県立川越高校音楽部ー吉田寛先生

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