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ありがとう普門館 - 藤村女子高校吹奏楽部(前春日部共栄高校吹奏楽部)都賀城太郎先生

「指導者としての『覚悟』を教えられた普門館」都賀城太郎先生

春日部共栄高校に着任した当時は「吹奏楽部を大きくしたい」「普門館の舞台に立ちたい」という気持ちが私の指導者としての原動力でした。その頃の部員はたった一人で、普門館なんて夢のような場所。その20年後の2000年に普門館に立つということが実現できるなんて!!
「指導者としての『覚悟』を教えられた普門館」都賀城太郎先生

普門館への想い

私が吹奏楽部の顧問として駆け出しの頃、全日本吹奏楽コンクールの録音はLPレコードで、そのジャケット裏には各校のステージ写真が載っていました。バンドが演奏している真っ黒なステージがとても印象的だったのと同時に、生徒達とここに立ってみたいという強い気持ちが湧き上がってきたのですが、そう簡単に夢は叶いませんでした。

そしてついにそのステージに上がることが出来たとき、舞台から見た景色に、かつてのレコードの写真がオーバーラップして、本当に実現したんだなと大感激したことを今でも良く憶えています。まさに人生の大イベントでした。

普門館に立った時の印象

観客として何度も聴きに訪れていて、客席からの景色には馴染みがあっても、舞台から見る景色は全く馴染みがなく、まずは左右のエスカレーターにびっくり! 空席なく埋まっている5000の客席、その広さ、そして今まで味わったことのない、熱さと興奮の入り混じった独特の雰囲気に圧倒されっぱなしでした。舞台に上がって少し冷静になって辺りを見回してみると、舞台は意外と奥行きがなく、指揮台のすぐ脇にマイクは立っているし、生徒達はというと、いつになく真剣な顔でジッと黙って私を見つめているし、こうなったらもう、今日までやってきたことを生徒と共に思い切ってやるだけだ、チマチマやっても音は届かないし、心から音楽を楽しもうと思い、迷いを吹っ切って演奏しました。


        

すべての演奏が終わった瞬間、今まで聞いたことのないような大歓声とブラボーの嵐。客席に向いて立ち上がった生徒と私の目から熱い涙が溢れてきました。お陰様で初出場ながら金賞を頂くことができました。それまで様々なことを「全国大会に出たい、あの黒い舞台で思い切り演奏したい、そのために春日部共栄に入ってきたんだ。」という思いでひとつにまとまり、乗り越えてきた生徒たち。そうした強い絆があったからこそ、普門館に立つことができたのだと思います。

覚 悟

全国大会に初出場してから3年間全国大会に出場できない年が続いて、しかも3年目には何と県大会で落ちてしまうという事態にまでなってしまい、正直私自身、出場できた理由、できなかった理由がわかりませんでした。そんな中で迎えた4年目、全国大会に出るために、あれもしなければ、これもしなければ、といった思いにがんじがらめになっている自分と生徒たちにハッとする瞬間がありました。そんなことに縛られるのではなく、本当に自分のやりたいこと、やりたい曲を思い切りやる、そのためにはどんなことでもやってやる、それで出場できなかったら、どうせ県大会で落ちた身だし、怖いものはないと吹っ切れました。あとから考えると一生懸命まっしぐらに歩いてきてはいたものの、退路を断つまでの、真の「覚悟」が足りなかったのだ思います。

指導者が集まると、楽器がないとか、予算がないとか、部員が少ないとか、学校や保護者の理解がないなどの困難な状況をこぼしあうのを見聞きすることがよくありますが、後から考えると、そうしたことがあったとしても、どんな状況でも、何を乗り越えてでも、ひとつの目標のために妥協せず、いわば背水の陣で出来ることをトコトンやってやる、という覚悟が必要だったんだなと痛感しました。


ですから今思えば、普門館はいわば指導者としての「覚悟」を教えてもらった場所であるし、そのことにとても感謝しております。


普門館がなくなることは本当に悲しいことですが、人生の大切なことを学ばせてもらったたあの黒い舞台は、永遠に私の心に刻まれいくと思います。 



藤村女子高等学校吹奏楽部 顧問(前 春日部共栄高等学校吹奏楽部 顧問)都賀城太郎先生

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